9月の終わり、バスク地方とピレネー山脈/San-Sebastian et Pyrénées en Septembre

9月の終わり、4泊5日でバスク地方へ!
まずはサンセバスチャン。
明日は久しぶりの早起きだと思うと、全然寝れなかった。隣の綾介もずっと寝返りをうっていた。それをりっちゃんに話したら「遠足前の〜」とくすくす笑われてしまう。
井上くんは最近すごく忙しかったし、土曜日も仕事をしていて疲れが溜まっていたのに、また深夜までみんなでおしゃべりしてしまったから、朝、なかなかひどい顔をしていた。鼻毛が出てないかチェックしあったり、洗顔を念入りにしたりしたのに。それで三人ともぼっさぼさなままビルバオの空港でぼんやりしていたら、目の前に美しく、朝の支度もしっかり終えた女性が二人現れた。それがマドリッドから合流した旅の仲間、りっちゃんと椿ちゃん。恥ずかしくなってしまって、バスに乗り込んだら慌ててリップを塗ったりした。隣の綾介も「この髪型で大丈夫?」と聞いてきたから、同じ気持ちだったみたいだ。

San-Sebastianは雲ひとつない街だった。もう冬みたいだったパリから、もう一度陽気な季節に引き戻されて、それだけで心が踊った。バスの窓には、パリとは違う植生の、青々とした森が続き、その斜面には、牛や馬、羊、山羊、ロバがのんびりとしていた。子馬もいた。都市では、馬たちはいつも貴族の権力の象徴だったから、この景色をみて、ここが一番似合うと、もう一度馬が好きになった。馬たちはしっぽをパタパタするだけで機嫌が良さそうに感じたし、チーズなどを想像して食事が楽しみになった。そんな丘や森の向こうには、時折ちらりと真っ青な色が見える。海だ。南仏に行ったのに一度も遊べなかった海。トランクには水着も入れてある。ウキウキしすぎて、結局、バスの移動は一睡もできなかった。ちょっと運転が荒くて、酔いかけたこともあるけれど(笑)

バスクの海と太陽
San-Sebastianの旅の目的は、国際映画祭だ。町中のあちこちで映画を上映していて、ネットでよく見るレッドカーペットが敷かれていたりする。(奥山大史さんが『僕はイエス様が嫌い』で最優秀新人監督賞を獲ったのが、この映画祭。)
でもこんなにも晴れた空と、海と、陽気な街があると、建物の中にずっと籠っているのは難しい。りっちゃんの「まずは海岸の方にいってみる?」の掛け声で、レンタサイクルの存在を思い出し、課金してみると、これがこの街では本当に大活躍した。雲ひとつない坂道とカーブを、自転車にのってみんなで走り抜ける。最高の自転車ギャング。一人水着を中に着ていたので海に入らせてもらい、波の力で潮が吹きつけるスポットで盛り上がり(この旅行での井上くんベストショットが撮れたので載せておく)、結局映画は一本諦めて、丘の上から真っ青な色を眺めて、昼寝する。この青を見たかったのだ。Milton Averyの海のシリーズはこんなバカンスの風景なのかなと想像したりした。ちなみに、井上くんの最高さについては、ずっとこの数十日感じているけれど、潮スポットで、遠足中の小学生たちに絶大な人気を博している様子をみて、その気持ちはいよいよ確信に至った。

■ついてない日もあるネ
昨晩から怪しかったが、なんと綾介が熱を出してしまった。エアビーに彼を置いて、4人で街に出る。綾介という存在は本当に何もしないけれど、大きいことに気づく。そうだ、グループ行動や大人数が下手くそなんだった。しかも、たまたま道中で生理の初日が始まってしまい、頭痛と体の重さ、衣類の不快な状況。綾介の生理に対する理解がすごすぎることに慣れきってしまっていて、重すぎる身体を引きずっても、みんながどんどん前に進んでしまう様子に悲しみさえも感じてしまった(きっとこれは気持ちもやられているから)。そこにわたしだけ別の映画を予約していたが、数分遅れただけで見ることができないと言われてしまったりして、かなりついてない日だったけど、夕日の美しさと彼への敬意で締めたい。あ、あと街中に全員サッカーユニフォームを着た人たちがひしめき合い、大合唱していて最高だった!(ちなみに試合は、地元アスレティック・ビルバオと、同じくバスク本拠地のリアル・ソシエダという熱い戦いで、久保の大活躍のお陰で、綾介の苗字が小久保なので、街ゆく人たちと"little KUBO"と盛り上がった。)

ちなみに映画は、濱口竜介の『悪は存在しない』、勅使河原の『燃え尽きた地図』、村瀬大智『霧の淵』、Tatiana Huezo『The Echo』、あと短編をいくつか見た。映画祭で劇場公開前の作品を見るのも、街中で批評をしている空気も、旅に来たのにシアターに籠るのも、新鮮!その合間にピンチョスと一杯を飲み歩き、ああだこうだと語り合うことになるので、この街は映画祭にぴったりだ。ちなみに濱口の新作を一番楽しみにしていたけれど、賛否が真逆に割れそうな作品で、私は『偶然と想像』の方が傑作だと思った。『霧の淵』はわたしは結構好きだったけど、みんなはピンと来ていない様子。同じ作品を見ても意見が分かれるのも映画談義の面白さね!

ピレネー山脈を目指してロードトリップ
映画祭が終わり、ピレネー山脈に向かう。はずが、レンタカー屋さんの前の大通りがマラソン大会で通行止めになり、もう少し街をさまよった。計画通り行かないのはヨーロッパにいる感じがする。お陰様でここでバイバイになった椿ちゃんと、もう一度再会してピンチョスを食べ納め。昨日はナイーブだったけれど、初日のつらさを超えれば気持ちも明るく、井上くんたちがいい感じなことに確信を得はじめて、もはや、るんるんだった。わたしと綾介が二人でいることが、二人が二人でもっといられるようになる。最高の構図だ。
いざ向かったピレネー山脈は素晴らしかった。その前にアップグレードしてくれたレンタカーのアウディが快適すぎて、日本の高速で一発免停をくらうであろうスピードを楽々出してしまう。(そもそも130kmが高速の速度上限なので、みんな余裕で140km以上出していた。)青紫色というとんでもない色の、いかついボディのこいつの安定感はすごかった。
ピレネー山脈は、今日が夏季最後のリフト運行日で、しかも私たちが今シーズン載せた本当に最後の客だった。特別をいただくことは旅の喜びだ。しかもリフト降車のギリギリ手前で一度止まり「ああここで私たちのピレネーは終わりか」とスタッフも一緒に冗談を言い合ったりした。あとは、りっちゃんのひつじの鳴き真似がほぼ嗚咽だったこと、まさかの植物好きと判明し、思う存分みなで植生を観察できたこと、照れた井上くんがかわいかったこと、その日泊まった個人経営の宿が美しかったこと、湯船を張ったらやっぱり途中から真水になってしまったこと、そんなことがあった。屋根の上で星を見る二人をそっとしておいたのも、いい思い出。そうそう、昼過ぎに街を出たのに山に登れたのは、ずっとそわそわしてたけど、ヨーロッパの夜の長さゆえ!

ルルドとマリア信仰
この日訪れた、カトリックの最大の巡礼地というルルドという街はかなり異様で、本当に面白かった。まず街に着いた途端、これまでの街とはまるで違うことは一目瞭然だ。ここは本当にフランス?というほどに、さまざまな国の言語の看板が並び、中華街のような喧騒。聖母マリアさまの木彫りや、聖水を入れるボトルが所狭しと並んでいる。私たちが食事をしたのはスリランカ人とインド人によるスリランカ料理で、キッチュで可愛いマリア様を型取った聖水ボトルを購入したのはイタリア人のお店。なんとこの山あいの街に、スリランカ人のコミュニティもあって店は4,5軒あるそうだ。
まずルルドについて解説すると、ここは奇跡が起きた場所として多い時には1日2万人が訪れる場所だそう。その奇跡とは、1858年という割と最近、無学の少女ベルナデッタが20回くらいマリアを目撃し、その言葉に従って泥沼を掘ると泉が湧いて、その水に触れると盲目が治ったり、動かぬ足が動いたりしたというもの。マリア様を見たという噂は当時から瞬く間に広がり、最後に少女がマリア様をみたときには8000人の民衆が駆けつけていたとも、ある論文に書かれていた。当初、教会や警察は懐疑的な立場で、立ち入ると逮捕するなどとしたものの、人々が押しかけすぎて、民衆に押し、押されるようにして市民権を獲得、のちにバチカン公認もされたそうだ。なるほど、権威ではなく、大衆によって作られた聖地だとすれば、この街の喧騒にも納得がいく。
そしていざ、聖水の湧く場所に向かった。すると、上野の博物館の前のような広くてまっすぐとした道がひらけ、その先には神殿のような巨大建築がそびえたっていた。外は金色のタイルで宗教画が描かれ、ピカピカしている。こんな教会はこれまでの街で見たことがない。ドームのようなデザインはモスクにようだった。中に入ると白のベレー帽を被ったご婦人と、車椅子にのった参拝者に溢れていた。白のベレー帽の皆さんは本当にやさしくて、聞くとボランディアだそうで、調べてみるとボランティアは年間10万人ほど集まっているそうだ。段々気づく、私たち4人はこの場所で完全に浮いていた。体の中から湧いてくる真剣さが足りていなかった。宗教って一体なんなんだろう。人々にとって宗教ってなんなんだろう。新しい宗教と権威ある宗教のあいだはなんなんだろう。頭のなかをぐるぐるしながら、その場所をさることになった。

その他:アウディ、エンジンオイル切れという誤報と整備工場のワンピーズ好きお兄さんとの出会い/シトロエンなどのかわいい車たちへの関心/ルルドで知り合ったスリランカ人/潮風吹きつける曇天の隣町/りっちゃんの聖水マリア様推し活/昨夜の宿がまさかの温泉街だと今更気づいて悔やむ など

■深夜の柚子胡椒ラーメンで旅は終わる
ピレネーの麓でもっとゆっくりしたかったなと後ろ髪をひかれつつ、旅は最終目的地のBilbaoへ。ピレネーの麓はフランス領で、ビルバオはスペイン。車で移動していると、パスポートも不要のまま、気づいたら国境を超えているのは不思議な体験だった。ビルバオでは勿論GUGGENHEIMに行ったりした。
実は、この日の日記には「"好き"って言っちゃった。深夜のラーメン。」と二行しか書いてなくて、それについて私は多くは語れない。とにかく、りっちゃんがフライトが迫って先に街を後にしたとき、彼女がこの旅は自分にとってあまりにも大きいと、力強く語って去ったこと、パリとマドリッド、それぞれの自宅に帰ってから届いた彼女の言葉の強さと詩的さに、深夜の柚子塩ラーメンがしみたことは記しておきたいところ。ラーメンは、ちゃんと白葱も添えられて、やっぱり綾介が作ってくれたのだけど。